中越地震 災害支援活動レポート
「被災地で雪国の方々のたくましさと暖かさを感じました」
先の中越地震で罹災された山古志村の方々が避難されている長岡明徳高校体育館で災害支援ボランティアに参加しました。
この体育館では284名の方が生活をしており、ひとりのスペースが1畳程度しかありませんでした。地震で家屋を失った心痛に加え、その後の日々を休まらない環境で過ごされている山古志村の方々に接し、災害の恐ろしさとともに災害後の支援活動が大きな役割を担っていることを実感しました。
私の役割は体育館内に設けられた本部での受付業務でした。報道関係者や新たにお手伝いに来てくださったボランティアの方々の受け入れ。罹災者の方々の体育館からの外出、帰館の確認。また、マイクを使っての放送業務、例えば郵送物が届いた時や、お風呂や洗濯機の空き情報の連絡、食事の連絡などです。そして、深夜の警備を行いました。少しでも揺れを感じたら、すぐに扉を開けられるように待機をしていました。消灯後の暗がりの中で歩きにくいお年寄りの手を引きました。
食事は自衛隊の方々がすべて調理していました。食事の配布は私の仕事だと、当初、考えていたのですが、ほとんどその必要はありませんでした。これは今回の経験でもっとも強く印象に残っていることなのですが、山古志村の方々のチームワークがすばらしかったのです。体育館の中では居住区に合わせて4つの班に分かれていたのですが、同じ班の方々はご近所同士の気心が知れた仲。
震災の前からも、お互いに助け合って農繁期や豪雪の冬を乗り切ってこられたのです。
各地区の長を中心に情報の伝達も食事の配布も滞りなく行われました。隣りの住民の顔もわからない都心では、こうは行かなかっただろうと、都心の住民である私は深く考えさせられました。
12月中旬ごろから仮設住宅への移住が可能になるそうです。これから雪の季節が始まりますが、持ち前のたくましさと、私が目の当たりにした助け合いのあったかい心で、がんばっていただきたいと思います。
最後に、お世話になった山古志村の方々と職員のみなさん、自衛隊やボランティアのみなさんに、この場を借りて感謝を申し上げます。
2004年12月1日 小泉文人 |